結城市

結城市(ゆうきし)は、茨城県の西部に位置する市である。

概要

伝統産業として全国的に有名な結城紬(国の重要無形文化財)がある。結城紬は、2010年11月16日にユネスコの無形文化遺産に登録された[1]。
鎌倉時代から城下町の基礎を形成しており、茨城県はもとより関東でも有数の古い城下町である。
市内に25という数多くの寺院があり、市内北部の市街地に集中している。また、分院も含めると相当数にのぼる。
神社も数多く、蔵つくりの街並みと相まって歴史深さを感じさせる街である。

歴史

『古語拾遺』は、神武東征において橿原宮を造営した天富命が、阿波国に続いて房総を開拓し、穀の木の生育した当地は結城郡と言われた。
古代より、ふさ(麻の転)や木綿(ゆう)(穀や楮などのコウゾ属の繊維)の産地として総の国のゆうきと呼ばれ、令制国の下総国に属した。
奈良時代頃から結城紬の特産地として発展してきた。
鎌倉時代には小山氏から分かれた結城朝光が館を構え、以後、鎌倉以来の名家結城氏(関八家)の城下町となる。
元禄13年(1700年)、水野家宗家筋の水野勝長が能登より1万8,000石で封じられ、以後明治維新まで結城藩水野氏10代がこの地を治めた。なお、現在は結城市の一部となっている山川村には江戸時代初期に山川藩があり、結城藩とは同族別家の水野氏が治めていた。この縁で、天保の改革で知られる水野忠邦の墓所がここにある。
明治時代になり茨城県に編入。
年表
1889年(明治22年)
1月16日 – 水戸鉄道(現在の水戸線)が開業。
4月1日 – 町村制施行に伴い、結城郡に現在の市域となる結城町・絹川村・江川村・上山川村・山川村が誕生。
1953年(昭和28年)5月18日 – 国道122号(現在の国道50号)が制定。
1954年(昭和29年)
3月14日 – 山川村が結城町に編入。
3月15日 – 結城町、上山川村、絹川村、江川村の1町3村が合併し市制施行、結城市となる。(茨城県下6番目、県内では、同日に下館市も市制施行。)
2000年(平成12年)12月 – 土地区画整理に伴う新しい町名として、大橋町・中央町1丁目〜2丁目・新福寺1丁目〜6丁目・城南町1丁目(旧大字結城の一部)が設定される[2]。