みなかみ町

概要

みなかみ町(みなかみまち)は、群馬県利根郡の町。群馬県最北端に位置し、県内で最も広い面積を持つ町域には、水上温泉郷や猿ヶ京温泉など温泉が多数ある。

歴史

先史・古代
縄文時代 – 現在のみなかみ町域内で定住が開始。旧月夜野・水上両町域で同時代の遺跡が発掘されている。
713年(和銅6年) – 律令体制の整備に伴い、現在の町域が上野国利根郡となる。
8世紀末~9世紀初?(約1200年前) – 三国峠を越え、上野国と越後国を結ぶ街道(後の三国街道)沿いに法師温泉が開削されたと推定。弘法大師空海による開削伝説を持つ。法師温泉長寿館ホームページ内 「法師の歴史」
中世
1492年(明応元年) – 沼田氏により、沼田城の支城として旧月夜野町内に名胡桃城が築城されたと伝えられる[11]。
1560年(永禄3年) – 越後の長尾景虎(上杉謙信)が初めて三国峠を越え、同町域を通って上野国へ侵攻。後北条氏を追い、利根郡一帯は謙信の支配下に入る。その後も三国峠や清水峠を利用して上越国境を抜け、関東に度々侵攻する。なお、謙信が猿ヶ京温泉(旧新治村)を名付けたとされる。
1578年(天正6年) – 謙信が病死。その後の御館の乱に乗じ、武田勝頼の部将だった真田昌幸が沼田城を落とし、利根郡地域を支配。昌幸は武田氏の滅亡後も領地の維持に成功。
1590年(天正18年) – 小田原征伐後、利根郡一帯は昌幸の子、信幸の支配地となり、沼田藩が実質的に成立。
近世
1631年(寛永8年) – 三国街道の猿ヶ京宿に関所が設置。三国街道では旧月夜野町内に2つ、旧新治村内に7つの宿場が置かれ、参勤交代を含め関東と越後(佐渡国を含む)を結ぶ重要な交通路となる。一方、水上経由の清水峠は江戸幕府により通行が止められる。
1680年(延宝8年) – 沼田藩の真田氏が改易。以後、幕府領の時代を経て、現町域は再興された沼田藩と幕府領の混在地域となる。
1868年(慶応4年) – 戊辰戦争。沼田藩主の土岐頼知は新政府に恭順し、進駐した官軍は三国峠の北側の南魚沼郡一帯を領地としていた会津藩を4月24日(旧暦)の三国峠の戦いで破る。
近現代
1885年(明治18年) – 清水峠を越える国道が整備されるも、同年内に土砂崩れが発生し、最終的に放棄される。
1893年(明治26年) – 官設鉄道(後の国鉄)の信越本線、高崎駅 – 直江津駅間が開通。関東と新潟(北陸・羽越方面を含む)の主要交通路が転移し、三国街道の交通量は激減。
1926年(大正15年) – 11月20日、国鉄上越南線沼田駅 – 後閑駅間が延伸開業し、古馬巻村に後閑駅が開業。現町域初の鉄道駅。
1928年(昭和3年) – 10月30日、同線後閑駅 – 水上駅間が延伸開業。上牧駅(古馬牧村)・水上駅(水上村)が開業。
1931年(昭和6年) – 9月1日、水上駅 – 越後湯沢駅間の開業で上越線全線開通、再び関東と新潟を結ぶ主要ルートが現町域を通る。湯檜曽駅・土合信号所(1936年に駅昇格、共に水上村)が開業。清水峠の下を通る清水トンネルが長大なため、水上駅 – 石打駅間が当初から直流電化され、水上駅には機関区が置かれて温泉と共に後の発展の礎を築く。
1934年(昭和9年) – 三国峠ルートで三国街道が国道17号に指定。ただし、三国峠での自動車通行は不可。
1949年(昭和24年) – 9月7日、上越国境付近を中心に上信越高原国立公園が指定(水上町、新治村)。谷川岳山頂周辺は特別保護地域に指定される。
1953年(昭和28年) – 利根川上流域、沼田市内での巨大ダム建設、沼田ダム計画[12]計画が明らかとなり[13]、中心地域の一部が水没する月夜野町では沼田市と共に強い反対運動が発生。1972年に白紙撤回される。
1955年(昭和30年) – 現町域で初のダムとなる須田貝ダムが利根川源流域に完成(水上町)。以後、首都圏の重要な水利・電源地帯となる。
1957年(昭和32年) – 国道17号の三国トンネルが開通(第二次世界大戦による工事中断を経て)。新潟県側との自動車通行が可能となる。
1958年(昭和33年) – 利根沼田学校組合立利根商業高等学校開校(月夜野町)。現町域唯一の高等学校として現在も存続。
1960年(昭和35年) – 12月13日、谷川岳天神平スキー場と谷川岳ロープウェイが開業(水上町)。スキーの普及や登山の大衆化もあって谷川岳への観光客が増加し、観光産業の重要性がさらに高まる。
1966年(昭和41年) – 12月20日、群馬県が「谷川岳遭難防止条例」を施行。
1967年(昭和42年) – 矢木沢ダム完成(水上町)。利根川水系で最大のダムとなる。
1982年(昭和57年) – 上越新幹線大宮駅 – 新潟駅間が開業(新清水トンネル・月夜野トンネルなど)。月夜野町に上毛高原駅が設置。
1985年(昭和60年) – 関越自動車道前橋IC – 湯沢IC間開通(関越トンネル経由、同自動車道全通)。月夜野IC・下牧PA(月夜野町)・水上IC・谷川岳PA(水上町)開設。
行政区域の変遷
1871年(明治4年)
7月14日 – 廃藩置県により沼田県成立。
10月28日 – 群馬県(第1次)の一部となる。
1873年(明治6年) – 6月15日、群馬県が熊谷県に改組。
1876年(明治9年) – 8月21日、群馬県が再置。以後、現町域はその一部となる。
1889年(明治22年) – 4月1日、町村制施行。利根郡および吾妻郡のうち現町域にあたる以下の5村が成立。
利根郡
桃野村(月夜野村、小川村、上津村、下津村、石倉村が合併)
古馬牧村(真庭村、政所村、師村、後閑村、下牧村、上牧村、大沼村、奈女沢村が合併)
水上村(湯原村、高日向村、小日向村、阿能川村、谷川村、鹿野沢村、吉本村、小仁田村、寺間村、川上村、大穴村、幸知村、湯檜曽村、綱子村、向山村、粟沢村、藤原村、夜後村が合併)
湯ノ原村(新巻村、羽場村、相俣村が合併)
吾妻郡
久賀村(須川町、東峰須川村、西峰須川村、入須川村、布施村、師田村、吹路村、長井村、猿ヶ京村が合併)
1896年(明治29年) – 久賀村が利根郡へ変更。
1908年(明治41年) – 湯ノ原村と久賀村が合併し、新治村が成立。
1947年(昭和22年) – 10月10日、水上村が町制施行、水上町となる。
1955年(昭和30年) – 4月1日、桃野村と古馬牧村が合併し、月夜野町として町制施行。現みなかみ町の母体となった2町1村が揃う。
2005年(平成17年)10月1日 – 月夜野町・水上町・新治村が対等合併し、みなかみ町が発足する。町名の由来は若山牧水の『みなかみ紀行』から[14]。