逗子市

逗子市(ずしし)は、神奈川県の三浦半島の付け根に位置する市である。

概要

古都保存法の指定都市となっている。

市制30周年を記念して、1984年(昭和59年)4月15日に市の花をほととぎすと制定[1]。ほととぎすを『市の鳥』と勘違いしている人もいるが、逗子市が制定したものは花のほととぎすであり、鳥のほととぎすではない。(市の鳥を制定した実績はない)

キャッチフレーズは『太陽が生まれたハーフマイルビーチ』。

また、逗子市役所では近年業務のICT化に注力しており、2013(平成25年)11月から議会に参加する議員、職員の全員がタブレット端末を利用して審議を行う「オールタブレット議会」を全国で初めて実現した。このことは、その後、自治体でタブレット端末が導入されるきっかけとなり、逗子市には全国からの視察団が相次いでいる。

歴史

1889年(明治22年)4月1日 – 市町村制施行により、桜山村、逗子村、山野根村、沼間村、池子村、久木村、小坪村が合併して三浦郡田越村(たごえむら)が発足。
1889年(明治22年)6月16日 – 官設鉄道(後の横須賀線)開通、逗子駅開設。
1913年(大正2年)4月1日 – 田越村が町制を施行し、逗子町と改称。
1930年(昭和5年)4月1日 – 湘南電気鉄道(後の京浜急行電鉄)逗子線開業、湘南逗子駅(後の新逗子駅)開設。
1943年(昭和18年)4月1日 – 横須賀市へ編入。
1947年(昭和22年) – 池子弾薬庫爆発。
ウィキソースに逗子町設置の件の総理府告示文があります。
ウィキソースに逗子町を三浦郡所属とする処分の総理府告示文があります。
1950年(昭和25年)7月1日 – 横須賀市より久木、小坪、山野根、新宿、逗子、桜山、池子、沼間の各地区(旧逗子町域)が分離独立し、三浦郡逗子町が再置される。
1952年(昭和27年)1月12日 – 小坪漁港が第1種漁港に指定される。
1952年(昭和27年)4月1日 – 横須賀線に東逗子駅開設。
ウィキソースに逗子町を逗子市とする処分の総理府告示文があります。
1954年(昭和29年)4月15日 – 単独市制を施行し、逗子市となる。
1958年(昭和33年) – 披露山公園開場する。
1965年(昭和40年) – TBS興産により披露山庭園住宅の開発が始まる。
1967年(昭和42年) – 小坪湾(逗子マリーナ)埋め立て工事開始。
1996年(平成8年) – 池子米軍家族住宅への入居開始。
2000年(平成12年)1月19日 – 古都保存法の指定都市となる[2]。
市名の由来
逗子という地名は、もとは現在の逗子駅南側一帯の町丁(1889年までの逗子村)のもので、これが横須賀線の駅名に採用され、さらに逗子村を含む7村が合併した田越村が町制に移行するにあたり、町名に採用されたもの。

「逗子」の由来に関しては、「『三浦厨子城』(内容不詳)より」、「延命寺の延命地蔵尊(伝行基作)を安置する『厨子』より」、「役人である図師の住まいがあったことにちなむ」、「道が交差する交通の要衝『辻(つじ)』が転訛した」、など諸説あり、はっきりしていない[3]。

なお、戦国期頃には「豆師」、「豆子」、「図師」、「厨子」などの字が当てられており。「逗子」の字が使われるようになったのは江戸期からであるという[4]。

日本の市町村をアルファベット順に並べると、当市 (Zushi) が最後になる。