愛川町

概要

愛川町(あいかわまち)は、神奈川県北部に位置する町である。

歴史

愛名・愛甲・鮎川・愛川といった地名を一連のものと考えると大化の改新以前の記録がある相模国最古の地名のひとつである。戦国時代最初期、長尾景春の乱では、反乱軍の景春・豊島氏方の有力拠点であった小沢城(こさわ)が太田道灌によって攻略されている。武田信玄が小田原侵攻に関連して北条氏康と戦った三増峠の戦い(みませ)は、愛川町の三増周辺だったと考えられており、史跡三増合戦場跡が存在する。

西部の半原盆地を中心として、元来米の生産に向かない地形から養蚕、製糸・撚糸などの軽工業、宮大工などの出稼ぎ職人の本貫として知られていた。半原宮大工は江戸城修復にかかわるなど、飛騨の大工と並び、その腕を称えられていた。撚糸業では群馬県富岡の機械を模倣して水力を補助動力とした軽工業が盛んだった。内陸工業団地の完成により機械工業、住宅地域、流通拠点へと姿を変えて現在に至る。

南米などから来ている工場労働者が多いことから、義務教育においての先進的な取組みやサッカーなどの地域スポーツが盛んなことでも知られている。

1889年4月1日 町村制が施行。半原村、田代村が合併して愛川村が発足。
1940年4月1日 町制を施行し愛川町(1次)となる。
1955年1月15日 愛甲郡愛川町(1次)と高峰村が合併。愛川町(2次)が発足。
1956年9月30日 愛甲郡中津村を編入、現在に至る。
1966年 内陸工業団地ができる。