小笠原村

小笠原村(おがさわらむら)は、小笠原諸島にある東京都の村である。日本の最東端(南鳥島)と最南端(沖ノ鳥島)を含む。 小笠原諸島の30余りの島々を村域とするが、一般住民が居住しているのは父島と母島のみである。エコツーリズムで知られている。

概要

気候は聟島列島・父島列島・母島列島・西之島では亜熱帯、火山列島・南鳥島・沖ノ鳥島では熱帯の海洋性気候である。父島の年平均気温は23.0 ℃、年間降水量は1,280 mm[1]。

長らく日本国内で唯一、津波以外の気象警報・注意報が発表されない地域であったが、2008年(平成20年)3月26日9時から予報が開始された[2]。

伊豆諸島の町村と同様に所属する郡が存在しない。従って「東京都小笠原村」が正式な表記である。

村の主な機能は父島に集中しており、人口が最も多い。また、父島や母島は第二次世界大戦中要塞化(父島要塞)されたが、空襲以外の攻撃が少なかった為、多くの戦争遺跡が残っている。

村名と同じ苗字という縁から、プロ野球選手で日本ハムファイターズ所属の小笠原道大が1999年(平成11年)から観光親善大使を務め、読売ジャイアンツへの移籍後も継続している。2008年(平成20年)には小笠原諸島返還40周年大使に辰巳琢郎が任命された。

2010年(平成22年)現在の老齢人口割合は9.2%で、全国の市町村の中で最も老齢人口割合が低い。逆に、生産年齢人口割合は75.7%で、全国の市町村の中で最も高い。

平成22年度国民健康保険、1人当たりの医療費は全国の市町村の中で最も低い(157,649円)。人口の年齢構成を補正した1人当たりの医療費の指数でも、全国で2位の低さである(0.71)。

小笠原返還50周年記念ピンバッジ、記念ロゴマークが描かれている。

小笠原返還50周年を記念して発行された。下部中央のゆるキャラは、おがじろう。
2018年(平成30年)小笠原諸島返還50周年を迎えた[3]。

歴史

「小笠原諸島#歴史」および「小笠原支庁#歴史」も参照
1940年(昭和15年)4月1日 – 普通町村制の適用により、東京府小笠原支庁の父島に大村・扇村袋沢村が、母島に沖村・北村が、硫黄島に硫黄島村が設置される[4]。
1943年(昭和18年)7月1日 – 東京都制施行。(東京府廃止)
1946年(昭和21年)1月29日 – GHQよりSCAPIN-677が指令される。このSCAPIN-677によって小笠原諸島全域における日本の施政権が停止され、アメリカ軍の直接統治の下に置かれる[5]。
1952年(昭和27年)4月28日 – サンフランシスコ講和条約発効により、5村は日本政府の行政から分離され廃止。アメリカ合衆国の施政権下に置かれ引き続きアメリカ海軍管理となる。これに伴い各村役場は廃止され、役場の一般事務は東京都総務局行政部地方課分室で行われる。
1953年(昭和28年)4月28日 – 小笠原支庁廃止[6] 1968年(昭和43年)6月26日 – 南方諸島及びその他の諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定発効により、アメリカ軍から返還、本土復帰すると同時に小笠原支庁の全村が合併し、東京都小笠原村となる[7]。小笠原総合事務所(国の機関)[7]、東京都小笠原支庁および小笠原村役場の行政機関設置。
1979年(昭和54年)
4月22日 – 村議会議員および村長の設置選挙
4月23日 – 村政確立(それより前は東京都小笠原支庁長が小笠原村長職務執行者であった)