東秩父村

東秩父村(ひがしちちぶむら)は、埼玉県西部に位置する村。

概要

秩父郡に属しているものの秩父盆地から山を隔てた東側にあることから、広域行政においては秩父地方ではなく隣接する比企郡の自治体とともに比企広域市町村圏組合を構成し、比企圏域に属する。警察署は小川警察署(小川町)、保健所は東松山保健所(東松山市)の管轄である。2006年(平成18年)2月1日に、都幾川村と玉川村が合併しときがわ町となって以降、埼玉県内で唯一の村である。

古くから「和紙の里」として知られ、隣接する小川町と共に「細川紙」の産地である。紙すきは1300年前より開始されたと伝えられている。

歴史

1871年(明治4年) – 埼玉県が設置される。
1873年(明治6年) – 皆谷学校(現:東秩父村立西小学校)が開校する。
1874年(明治7年) – 槻川小学校(現:東秩父村立東小学校)が開校する。
1878年(明治11年) – 大内沢および白石に分教場が開設される。
1882年(明治15年) – 皆谷学校を三益小学校へと改称する。
1887年(明治20年) – 紙幣に用いる紙をすき始める。
1889年(明治22年) – 安戸村・御堂村・奥沢村が合併し大河原村に、大内沢村・坂本村・皆谷村・白石村が合併し槻川村となる。
– 同年、槻川小学校を大河原小学校へと改称する。
1892年(明治25年) – 三益小学校を槻川小学校へと改称する。
1897年(明治30年) – 全村に大粒の雹が降り、麦が凶作となる。
1899年(明治32年) – 大河原郵便局が開局する。
1910年(明治43年) – 関東大水害により家8軒が流出する。
1911年(明治44年) – 現在の東秩父村域の上空を初めて飛行機が飛翔する。
1919年(大正8年) – 大河原村のうち、紙すきの家が180軒を数える。
1923年(大正12年) – 関東大震災が発生する。
1926年(大正15年) – 槻川村役場に天気予報旗が掲げられる。
1927年(昭和2年) – 大河原小学校の校舎が新築される。
1931年(昭和6年) – 槻川村に防火線が整備される。
– 同年、二本木峠に遊園地が建設される。
– 同年、比企郡小川町を中心に西埼玉地震が発生する。
1932年(昭和7年) – 高田群次郎が槻川塾を開塾する。
1935年(昭和10年)9月24日 – 埼玉県全域に大雨が降雨する。
1937年(昭和12年) – 槻川診療所が開所される。
1939年(昭和14年) – 槻川郵便局が開局する。
1941年(昭和16年) – 大河原小学校および槻川小学校が国民学校と改称される。
1942年(昭和17年) – 風船爆弾用の気球紙を生産する。
1947年(昭和22年) – 槻川村立槻川中学校および大河原村立大河原中学校が開校する。
1948年(昭和23年) – 各学校にPTAが置かれる。
1949年(昭和24年) – 槻川小学校の校舎が新築される。
1951年(昭和26年) – 小川高等学校の東秩父分校が開校する。
1952年(昭和27年) – 大河原中学校および槻川中学校の校舎が新築される。
– 同年、テレビ放送が開始される。
1956年(昭和31年)8月1日 – 秩父郡大河原村・槻川(つきかわ)村が合併し、東秩父村となる。
1958年(昭和33年) – 槻川地区の有線放送が開始される。
– 同年、定峰駅伝が開始される。
– 同年、村内にテレビが4台所在する。
1959年(昭和34年) – 大河原地区の有線放送が開始される。
1961年(昭和36年) – 城山保育所が開設される。
– 同年、比企郡小川町との町村界より県道の舗装工事が開始され、1970年(昭和45年)に白石まで完了する。
1962年(昭和37年) – 安戸簡易水道が整備される。
1963年(昭和38年) – 大内沢・白石保育所が開所される。
1964年(昭和39年) – 比企郡小川町外5ヶ町村にて屎尿処理組合を開設する。
1966年(昭和41年) – 花卉栽培が開始される。
1967年(昭和42年) – 小学校名が東小学校および西小学校へと改称される。
1968年(昭和43年) – 安戸農民センターが開設される。
1969年(昭和44年) – 大内沢農民センターおよび坂本農民センターが開設される。
– 同年4月17日、大雪のため杉の立木にひびが発生する。
1971年(昭和46年) – 果樹栽培農家が増加してくる。
– 同年、小川地区消防組合が開設される。
1973年(昭和48年) – 安戸保育所が開設される。
– 同年、東秩父村役場 ~ 大内沢間の村営バスの無料運行が開始される。
– 同年、皆谷児童館が開館する。
1974年(昭和49年) – 西地区に消防分署が設置される。
1975年(昭和50年) – 耕地整理が完了する。
– 同年、東秩父中学校が開校する。
– 同年、村営バスの萩平線が開通する。
– 同年、村内の電話が全村ダイヤル式となる。
1976年(昭和51年) – 比企郡小川町外五ヶ町村ごみ処理組合が開設される。
1977年(昭和52年) – 村営バスの寄居駅乗り入れが開始される。
1978年(昭和53年) – 奥沢農村センター・皆谷農村センター・白石農村センターが開設される。
– 同年、文化財収蔵庫が竣工する。
– 西地区に水道が整備される。
1979年(昭和54年) – 東秩父村立西小学校の校舎が竣工する。
1981年(昭和56年) – コミュニティーセンター「やまなみ」が竣工する。
1982年(昭和57年) – 東秩父村立東小学校の校舎が竣工する。
1984年(昭和59年) – 大内沢分校の校舎が竣工する。
– 同年、落合保育園が開園する。
1985年(昭和60年) – 白石分校の校舎が竣工する。
1987年(昭和62年) – 二本木峠・白石キャンプ村が開設される。
– 同年、細川紙紙すき家屋が復元される。
1988年(昭和63年) – 保健センターが竣工する。
– 同年、二本木峠天文台が開設される。
1989年(平成元年) – 御堂テニスコートが開設される。
1991年(平成3年) – 「和紙の里」および関連施設が竣工する。
1992年(平成4年) – 消防組合が合併し比企広域市町村圏組合となる。
1994年(平成6年) – 城山保育園の改築が竣工する。
– 同年、丹党大河原氏奉納の刀剣を購入する。
1995年(平成7年) – 平和記念碑が建立される。
1998年(平成10年) – 高齢者生きがいセンターが竣工する。
2000年(平成12年) – 緊急防災施設が竣工する。
比企地区8市町村合併
2003年(平成15年)
3月3日 – 比企地区任意合併協議会設置(東松山市・比企郡滑川町・嵐山町・小川町・都幾川村・玉川村・吉見町・秩父郡東秩父村)
4月1日 – 協議会事務局設置(東松山市役所内)
5月21日 – 第4回協議会において比企地区任意合併協議会解散を決定
比企地区6町村合併
2003年(平成15年)
7月 – 滑川町・嵐山町・小川町・都幾川村・玉川村・東秩父村の6町村は合併研究会を設置。
12月 – 滑川町・嵐山町・小川町・都幾川村・玉川村・東秩父村の6町村は比企地域3町3村合併協議会を設置
2004年(平成16年)
7月 – 滑川町で合併の枠組みを問う住民投票を行った結果、東松山市・吉見町を含む8市町村で合併が過半数を占めたために滑川町は比企地域3町3村合併協議会から離脱
8月 – 比企地域3町3村合併協議会が解散
東松山市との飛び地合併
2006年(平成18年) – 東秩父村が東松山市との飛び地合併を考えていると報道される。
2008年(平成20年)4月23日 – 東秩父村議会が東松山市との飛び地合併の考えをまとめ東松山市への編入合併推進特別委員会を発足
3市町村合併
2008年(平成20年)7月7日 – 東松山、滑川、東秩父の3市町村議で比企地域合併推進議員連絡協議会を8月22日に設置する方針を決定。
2009年(平成21年)9月17日 – 東松山、滑川、東秩父の比企地域合併推進議員連絡協議会を解散決定。
2016年(平成28年)9月30日 – この日をもって、東秩父村営バス寄居線の運行を終了。翌10月1日より、イーグルバスによって代替し、村内の路線バスが一本化される。