柏市

概要

柏市(かしわし)は千葉県北西部の東葛地域に位置する市。中核市、業務核都市に指定されている。人口約42万人(2017年4月時点)で、千葉県内では市川市に次いで第5位である。東京都特別区部への通勤率は42.3%(平成28年国勢調査)。

歴史

柏の名の由来は不明であるが、河岸(杭の意)場に由来するという説が有力である[注釈 1]。東葛地域では明治以前に栄えていたのは水運の便がある松戸・流山・野田などであり、現在の柏の中心市街地にあたる柏村・千代田村は水戸街道沿いにありながら宿駅ですらない寒村にすぎなかった。

大正時代の北総鉄道(現・東武野田線)開通により柏駅は交通の結節点となり、同駅を中心に市街地が形成される。1960年代より東京のベッドタウンとして人口が急増した。1970年代以降はそごう(2016年9月30日閉店)、高島屋、丸井などの百貨店をはじめ多くの商業施設が進出し、東京の衛星都市的な商業地として栄える。1980年代の前後には柏駅周辺に若者向けの商業施設が次々と開店し、東葛地域(旧東葛飾郡北部)の商業拠点となった。

2005年(平成17年)には首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスの開通を契機として市北部の柏の葉地域で東京大学、千葉大学、産学連携施設を中心とした文教地域が形成され、郊外型ショッピングモールやマンション開発も活発化した。

文明10年12月10日(1479年1月2日)市内の境根原(現柏市酒井根)で境根原合戦が行われた。市域の豪族匝瑳氏が戦闘に加わった。
江戸時代 利根川・江戸川の水運が栄えた江戸時代には、川沿いの集落が栄えた。現在の市域北部に位置する布施村(現・布勢)は加村河岸(現・流山市加)と結ぶ鮮魚の輸送ルートとしてにぎわった。
明治時代 旧柏村は明治時代の初めに至るまで水戸街道の小金宿と我孫子宿の間に位置する、旧富勢村史に「見るも苦しき寒村」と書かれる程の村落であった。
1881年(明治14年) 水戸街道が国道に昇格したのに伴い駅伝取締所が設置され、ようやく宿駅としての機能を有するようになった。
1889年(明治22年)10月1日 市制・町村制施行に伴い、柏村は戸張村・篠籠田村・松ヶ崎村・高田村等と合併して千代田村を設置し、同日豊四季村とのあいだに千代田村・豊四季村組合を組織した(豊四季村は士族の開墾村であり合併せずに江戸期以来の村々と距離をおいた。)
1896年(明治29年)12月25日 日本鉄道土浦線(田端〜土浦間)が開業し、柏駅が設置された。
1911年(明治44年)5月9日 千葉県営鉄道(柏〜野田町間)が開業。
1914年(大正3年)10月10日 千代田村・豊四季村組合の組合を解消し、千代田村となる。
1923年(大正12年)12月27日 旧北総鉄道の柏 – 船橋間が開業、現在に至る柏駅の鉄道交通が整う。
1924年(大正13年)4月10日 千葉県立東葛飾中学校(現在の千葉県立東葛飾高等学校の前身。地元有志による大正年間中頃からの誘致運動が実り東葛飾郡初の旧制中学校)開校。
1926年(大正15年)9月15日 千代田村は町制を施行し柏町となった。柏駅設置後、同駅を中心に新たに市街地が形成されたことから、千代田村内の大字の一つであった「柏」が新町の名称となった。
詳細は「柏町 (千葉県)」を参照
満州事変以降 – 柏は陸軍の軍都としての色彩を強め、陸軍柏飛行場、高射砲連隊、柏陸軍病院(戦後国立柏病院を経て、現在は柏市立柏病院)等が設置された。
ウィキソースに田中村、柏町、土村及び小金町を廃し東葛市を置く件の総理府告示文があります。
ウィキソースに富勢村を廃し、東葛市及び我孫子町に編入する件の総理府告示文があります。
ウィキソースに市の名称変更に関する条例の東葛市条例文があります。
1954年(昭和29年)
9月1日 柏町は土村・田中村・小金町と合併して市制を施行し東葛市(とうかつし)となった。しかし小金町の有力者の多くは松戸との血縁関係が強かったこともありその大部分をして松戸派で占め、合併後も千葉県議会前で座り込みを行うなどの抗議活動を続けた。
10月15日 一部(いわゆる根木内地区)を残して旧小金町域は松戸市に移管された[2]。
11月1日 富勢村を東葛市と我孫子町(現・我孫子市)とに分村合併した。
11月15日 東葛市が柏市に改称。
1964年東京オリンピックの後頃から柏市では市街地再開発の機運が高まり、1969年(昭和44年)に施行された都市再開発法の第1号の指定を受け柏駅前再開発事業を開始した。
1971年(昭和46年)4月20日 柏市内の国鉄常磐線複々線化が完了。
1972年(昭和47年)10月2日 柏駅に快速ホームが開設され、快速電車が停車するようになった(中距離電車は同日よりデータイムのみ上下とも停車、1980年(昭和55年)9月30日より全てが停車)。
1973年(昭和48年)
10月6日 柏駅東口に日本初のペデストリアンデッキ(柏市ではダブルデッキと呼んだ)を供用開始した。
10月10日 柏駅前にそごうが開業。
11月2日 柏駅西口に高島屋が開業し、駅前再開発事業が一段落した。
1978年(昭和53年)6月9日 防災行政無線運用開始。ただし、1981年7月31日まではチャイムが流れていなかった。
1981年(昭和56年)8月1日 防災行政無線の夕方のチャイム「夕焼け小焼け(CD音源)」放送開始。
1992年(平成4年) 柏駅東口の駅ビル再開発により柏ローズタウンが柏髙島屋ステーションモールに。
1994年(平成6年) 柏市を本拠地とするJリーグ準加盟チーム日立FC柏レイソル(1996年より柏レイソル)が、2部リーグ2位で1部リーグ昇格を決める。
2001年(平成13年)10月1日 防災行政無線放送等変更。
2005年(平成17年)
3月28日 沼南町を編入。
8月24日 首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス開業。
2006年(平成18年)度より「ご当地ナンバー」の採用により、柏市と我孫子市を対象地域とする自動車ナンバー、「柏」ナンバーが誕生した。
2008年(平成20年)伊藤ハム製造工場地下水よりシアン化合物が検出され問題化した[3]。
2010年(平成22年)8月5日 人口が40万人を突破[4]。
2011年 柏レイソルがJ1でリーグ戦初優勝を飾る。
2014年4月1日 東武野田線の愛称として「東武アーバンパークライン」の名称を導入。 
2015年3月14日 上野東京ラインの開業により常磐線が東海道線の品川駅まで乗り入れ。
2016年(平成28年) 9月30日午後8時をもってそごう柏店が43年の幕を下ろした。
政令指定都市構想
1990年代以降、周辺市町との合併による政令指定都市移行を目指すべきとの議論が一部から提唱されており、2001年(平成13年)に流山市・我孫子市・沼南町との合併研究会を設けるも、流山市および我孫子市は相次ぎ離脱し、残る沼南町とは2003年(平成15年)に合併協議会を設置して協議を進め、2005年(平成17年)3月28日に同町を編入した。これにより人口は約38万人、面積は約115 km²に拡大、中核市に移行するための面積要件を満たすことにより、2008年(平成20年)4月1日に千葉県内では船橋市に続く中核市移行をした。なお合併直前の旧柏市の人口は333,519人、面積は72.91 km²であった。

なお現在も、柏市と野田市・我孫子市・流山市・松戸市・鎌ケ谷市のいわゆる「東葛6市」での合併による政令指定都市構想があり、この6市で構成されている東葛広域行政連絡協議会が、2006年(平成18年)5月に 政令指定都市問題研究会 を設置し、2006年度(平成18年度)・2007年度(平成19年度)の2ヵ年をかけて、今後の政令指定都市の議論に役立てるため、構成市である6市の基礎データの収集や分析、広域的課題の整理などを行うとともに、政令指定都市制度の研究や東葛地域におけるシミュレーションなどの調査・研究を行ったが、同会は「合併を前提とはしていない」とした。また、2008年(平成20年)7月には、政令指定都市移行による効果や影響、意義等について、より具体的な検証を行うため、松戸市・柏市の2市による 松戸市・柏市政令指定都市研究会 を設立した。一方、船橋市や市川市でも似たような構想があり、松戸市や鎌ケ谷市ではこの方面との合併を模索する動きを見せた。4市合併による政令指定都市移行を研究する「東葛飾・葛南地域4市政令指定都市研究会」が2007年(平成19年)4月に始まり、2009年(平成21年)3月に報告書を出し、終了した。千葉県庁は2000年(平成12年)に策定した市町村合併推進要綱では政令指定都市構想に全く言及しなかったが、2006年(平成18年)に策定した市町村合併構想では、枠組みこそ決めなかったが「合併による政令指定都市移行でステップアップを目指すべき地域」とした。